ノーマン・フォスターについて

最初は気候変動などの環境問題に対するスタンスから現代建築家の領分というか限界のようなものを考えるつもりだったのですが。
 フォスターは元々宇宙船地球号という言葉で有名な、建築家であり思想家でもあったバックミンスター・フラーの元で仕事をしていたことがあります。フラーの造語にダイマキシオンという言葉があります。この言葉には特に明確な意味は無いらしいのですが、その名の付いたフラーのデザインを見る限りでは、なんとなく、最小のエネルギー、形態で最大の効用を生み出すという意味と捉える事が出来ます。建築をエネルギーの観点から見たless is moreといった所でしょうか。
 このようなある意味で非常に単純な考えのもとにフラーは宇宙において最も安定的な構造は正四面体であるとしてこれを多用したり、様々な未来派的な仮設住居を開発したり、果てはマンハッタンをドームで覆うような構想をしたりします。そしてまあ、このような単純な発想による世界観とアイデアは安易なユートピア思想でしかないと批判された訳です。フラーはテクノロジーがより正しい方向へと正しく運用されることを願っていた訳ですが、その正しさは一面的なものだったとされた訳です。
 ではフォスターに話を戻します。フラーの元で働いていたこともあってかフォスターはその思想に大きな影響を受けています。近年建築界でも環境問題が非常に流行っていますが、そのようなトレンドの見られる前からフォスターは建築と環境の関係をエネルギーの観点から考えた建物を設計しており、自然光と自然換気を最大限に活かし、快適な空間を目指す姿勢は昔から変わっていません。また、ハーストタワーやガーキンの愛称でおなじみの30セントメリーアクスでは三角格子的な構造を用いており、ここからもフラーの影響をみて取ることが出来るのではないかと思います。
 フォスターの事務所は家具、住宅から大規模なマスタープランまでを手掛けています。その内最大のものは恐らくアブダビの潤沢な資金と、何もない文字通りのタブラ・ラサである土地を背景に現在進行中の代替エネルギー研究都市、マスダール・シティでしょう(マスダール・シティについての説明はめんどくさいので省きますが)。
 自分はこのプロジェクトに、初めに述べたような建築家の限界点を見ます。恐らくこのサイズが、現代において何らかのアイデンティティあるいはイデオロギー的な物を持ち、それを貫徹させることのできる建築プロジェクトの限界ではないかと感じる訳です。これ以上のサイズでは計画能力を超えてしまうだろうし、また、建築事務所のサイズをこれ以上拡大することは、アイデンティティを失い匿名的な組織となることを避けらないと考えるからです。
 フォスターの事務所であるフォスターアンドパートナーズは所員数が1000人近い世界でも有数の巨大事務所です。世界最大の組織設計事務所である日建設計の所員数が1400人程であることからも、アトリエ的な、建築理念やアイデンティティをもったデザインで知られるフォスター事務所が、にもかかわらずいかに大きいかが分かると思います。
 では何がこのようなアイデンティティをもった巨大組織を可能にしているのでしょうか。
 第一に、それはフラーから続く非常にシンプルで明解な理念にあると考えています。フォスターは、その明解な理念が最も受け入れられ易いであろう環境汚染の時代、その次に来た気候変動の現代に、結果としてプラグマティックに、それを最大限活用してきました。受け入れやすい明解な主張と、分かりやすくシンボリックなその建築は、アイコンとして世界に流通し、有数のスターアーキテクトとなることを可能たらしめた訳です。
 このような明快さはまた、内部においても、巨大事務所を貫徹するアイデンティティとして、(それはテクノロジー信奉的でクリーンな、一見単なる楽観主義にすら見えるものでもある訳ですが)、それがプラットフォームとして共有され貫徹されることが可能となるレベルにまで縮減されながらも意味や魅力を失わない、所員をそれのもとに統率する力をもったものであったと考えられます。だからこそ事務所のサイズは匿名的組織事務所に比肩しながらも、そのデザインにアイデンティティを見て取ることが出来る訳です(アップルのような強烈なリーダーシップという要因も十分にあると考えられますが、個人的にはそれはこの理念と不可分に結び付いていると考えています)。
 そして最後に、プロジェクトのデータベース化とその進歩的利用です。フォスターの事務所では過去のプロジェクトをデータベース化し活用しています。絶えずデータベースを参照することでアイデアを再利用、進歩させてゆく、その結果を再びデータベースへ還元し、次のプロジェクトではまた類似の案件で用いられたアイデアを参照し、進歩させ、、、このようなプロセスを通じて獲得された自己組織的な独自性は、あらゆるサイズの大量のプロジェクトを数十年という長期に渡り手掛けてきたこと自体によって獲得されたものです。この点で、フォスターがスターであることがそのデザインにアイデンティティをもたらす上でも正の働きをしていると考える事が出来るでしょう。参照すべき独自の、しかし膨大なデータベースを持つことがその生成力の前提とされる訳なので(このあたりはなんとなく、萌系のキャラ属性などについてあずまんが指摘したデータベースの話なんかと近いのではないでしょうか)。要するに、膨大で独自に囲われた自己参照的なデータベースがあれば、その上に乗っかってそれを参照、生成していく組織は結構デカいサイズでも匿名的にならずにすむんではないかという事です。
 例えばフォスター事務所の空港建築に関して(フォスターアンドパートナーズには6つのチームがあってそれぞれ手がける分野が違うようです。空港はチーム3)、スタンステッド空港、香港国際空港そして北京国際空港と手掛けてゆく中で、常に以前のプロジェクトを土台として発展させていることが見てとれます。極めて自己参照的なんですね。それは外部参照的な在り方(コンテクスチュアリズム)やアイデアが参照し難い、個人の作家性とかいった物でアイデンティティを確立する在り方とはだいぶ異なっているように思います。そしてそのような姿勢はやはりテクノロジーの発展を前提とした進歩主義的な理念に支えられているのではないでしょうか(また、フォスターが空港建築の第一人者である事も見逃せません。空港は基本的に非文脈的な建築物で、交通と物、人、情報がある目的の下に集約される、純粋に技術的な巨大建築という、フォスターにとっての臨界点のような場なのではないでしょうか)。
 整理すると、まず広く世に受け入れられ易く、そのような表層のレベルで流通してもある程度は意味を失わない強度があり、また内部にもそれを貫徹させながらもまとめ上げることを可能とするような理念を持ち、また強力な独自に囲われたデータベースを持ち(作り出し)、されにそれをを進歩的に発展させる。この辺がフォスターの事務所の大まかな特徴であり、このようなシステムでフォスター以上の実例はおそらくないでしょう。
 という訳でここで一つの限界点をみることが出来たと思います。


他はまた今度調べます。

参考 http://aar.art-it.asia/u/admin_edit1/bVLh8iQATyWuYIqGz3jR